アガスティアの葉・お試し記


2004年夏、ひょんなことから、インドの首都デリーでアガスティアの葉のリーディングを受けることになった。
本場・南インドでのリーディング体験については書籍やネット上に散見されるが、デリーの葉っぱについてはあまり情報がないようなので、わがささやかなる体験をちょっとご披露しようと思う。


端緒

 「アガスティアの葉」なるものが日本に広く紹介されたのは、青山圭秀さんの本によるものであろう。
 かつて一読した覚えがあるが、「世の中、不思議なこともあるものだ」と思った。
 その後、パンタ笛吹による「アガスティアの葉」に関する暴露本みたいなのが出版される。
 それも一読した覚えがあるが、「なんだインチキなのか」と思ったものだ。
 パンタ笛吹とは知り合いであるから、見ず知らずの青山氏よりも、私にとっては信憑性があるのである。
 それで「葉っぱ」のことも忘れてしまった。

 今年の春、アジズ&フーマンのイベントで、ある女性と知り合った。
 仮にNさんとしておこう。
 彼女はかつて二度ほど葉っぱのリーディングを受けたことがあるという。
 いろいろ話を聞いてみると、まんざらインチキでもないらしい。
 それで私も興味を覚えた。

 アガスティアといえばシヴァの弟子だから、アジズ&フーマンともつながりがなくもない。
 また、アガスティアの弟子であるババジによってクリヤ・ヨガが伝えられ、私も少々お世話になっている。
 だから、多少なりとも縁はあるわけだ。
 私は仕事上、よくインドに出かけるし、いつか観てもらってもいいなと思い始めた。

 それでつれづれなるまま、ネットでちょこちょこ調べてみるのである。
 う〜ん、いろいろあるものだ。
 アガスティアといえば、南インド、タミルの聖者であるから、葉っぱの本場も南インドであるようだ。
 チェンナイ、バンガロール、ワイティスワランコイル…。
 いろんなところに「葉っぱの館(ナディ・ハウス)」がある。
 そして、館ごとに特長があるようだ。
 なんと日本には「葉っぱ読み代行」という業種もあるらしい。
 すなわち、南インドまで出かけるのは大儀だから、本人に代わって読みに行ってくれるというものだ。

 某サイトによると、ワイティスワランコイルという小村にある某館がいちばん権威あるらしい。
 そこまで行ってみたい気もするが、私のインド出張は北インドのデリーである。
 ビジネスの合間に南の小村まで出かけるのは、日程的にちょっと厳しい。
 それでもあっちこっち調べていると、なんだかデリーにも葉っぱの館があるようだ。
 このSri Shubham Nadiというところである。

 ヴァイティスワランコイル出身の「葉っぱ読み(ナディ・リーダー)」がやっているらしい。
 見料もまあ相場並といったところであろうか。
 デリー市内という近所であるし、今回はお試しで観てもらおうかと思った。
 メールアドレスが記載されていたので、私の出張日程を書き、そこの親分とおぼしき Senthil Kumar氏に観てもらいたい旨を書き送った。
 それが8月初めのことである。
 しかしいつまでたっても返事が来ない。
 ま、インドだからそんなもんか…と思いつつ、9月の2日、成田を発ち、デリーに赴くのであった。


ちょっと予備知識

 ところで、アガスティアの葉ってなにか。
 拙HPを訪れるような人はだいたい知っているだろうが、ちょっとおさらいすると…

 二千年ほど前に、南インドのタミル地方に、アガスティアと呼ばれる聖者がいた。
 この人が神通力を持っていたわけだ。
 すなわち、未来に生まれる個々人の運勢を予見し、それを椰子の葉っぱに記したのだ。
 その葉っぱをナディと呼ぶ。
 そしてそのナディを読むことを生業とする人々がいて、それを英語でナディ・リーダーと言う。

 しかし、常識的に考えると、これは非常に不可思議なことだ。
 というのも、アガスティアの時代以降、この世に生をうけた人々の数は千億の単位だろう。
 いかにアガスティアの神通力がすごくても、そんなに多量のナディを書けるとは思えない。
 それに、ナディを保持しているという館はいくつもあって、それぞれ地理的に離れている。
 ナディのコピーがそんなにたくさんあるのか。
 そうでなくて、分散しているとすると、はたして自分のナディはどの館にあるのか…

 もはやこれは「縁」と言うほかあるまい。
 縁によって、ある館を訪ねると、そこに自分のナディを見いだすということなのだろう。

 ナディ・リーディングのプロセスは、まず自分のナディを特定することから始まる。
 葉っぱの検索作業だ。
 それにはまず、拇(おやゆび)の指紋を採る。
 それによって、特定のナディの束を抽出し、それから一枚一枚チェックするのだ。
 その特定作業の際に、かなりドラマティックな場面が起こるらしい。
 二千年前のその葉っぱに、あなたや家族の名前やら、家族構成、結婚歴、職歴などが現れるのだそうだ。
 そうした情報が一致すると、すなわちあなたのナディが見つかったということ。
 そこから将来に関する詳しいリーディングに入る。


事務所にて

 さて、9月2日の昼、エア・インディアで成田を発った私。
 このキャリア、かつてエア・インチキと呼ばれたこともあり、かなりアテにならないのである。
 今年の一月、タイ経由でデリーに赴いた際も、到着が半日も遅れたのであった。
 ところがこの日に限っては、定刻より一時間も前にデリー到着という偉業を成し遂げる。

 そして翌日の昼過ぎ、やや半信半疑ながら、例のSri Shubham Nadi に電話をかける。
 相手の女性はちゃんと英語が通じたのでひと安心。
 日本から来て一週間ほど滞在予定なのだが、リーディングをお願いしたい、と言うと、それでは明日の4時に来いという。
 料金を聞いたら、葉っぱがあれば1500ルピー、なかったら500ルピーだという。
 なんだ、ホームページに書いてあるより安いな…(HPには5000ルピーとある。1ルピー=約2.5円)。
 ともあれ、葉っぱが見つからないケースもあるわけだ。

 ナディハウスは、デリーの隅っこにあって、我々の滞在するホテルから車で一時間ほどかかるらしい。
 今回のインド行きは会社の出張である。
 仕事の相手先は私のリクエストならだいたい何でも聞いてくれるから、運転手付きで車を一台出してもらうことにする。(FiatのUnoだけどね)

 東京でいうと立川くらいかな〜、ちょっとした街の、通りから少々入った二階建ての建物がそのハウスだった。
 別に神秘的でも何でもないインドの普通の町屋だ。
 靴を脱いで中に入ると、そこが小さな受付スペース。
 正面にデスクがあって、脇に簡単なソファと椅子が並んでいる。
 実はここ「インド先住民福祉基金」というNGOの事務所で、ナディハウスと共存しているらしい。
 すなわち、ナディハウスが収益をこのNGOに寄付し、NGOがナディハウスの事務を執り行っているようだ。

 受付には中年のインド婦人が座っている。
 私が名前を名乗ると、まず右手拇の指紋を採られる。
 そして三十分ほど待つように言われる。
 受付の奥に部屋があって、そこがNGOの事務所らしい。
 その入口にパソコンが据えられ、男がひとり作業している。
 日本から一月ほど前メールを出したけど返事が来なかったよ、と言うと、最近ちょっとメールの調子ががおかしくて…という返事。
 みなごく普通の、それなりに教育のある(すなわち英語のしゃべれる)インド人だった。

 ソファに腰を下ろして待っていると、三十代前半であろうか、細身の女性が隣に腰をかけ、何か質問はないかと聞く。
 こちらは質問だらけなのであるが、どこから聞いたらいいものか…。
 ここに来た全員が葉っぱを見つけるのかと聞くと、30〜40パーセントの人が見つけるという。
 あなた自身も観てもらったかと聞くと、もちろんだという。
 なんでも、彼女は結婚していて娘がひとりいて、一年ほど前に観てもらったそうだ。
 一番びっくりしたのは、そのうち離婚すると言われたことで、自分は夫を愛していたしそんなことありえない!と思ったそうだ。
 ところが、ほどなく夫に愛人のいることが発覚し、離婚。その後、このNGOで働き始めたという。
 ナディに書かれていたことの90パーセントは当たっていて、ま、時間が前後してるくらいね、とのこと。
 このハウスはオープンしてからまだ日が浅いようだが、葉っぱはいったいどこから持ってきたのか、分量はどのくらいなのか…、といったことが聞きたかったのだが、彼女はそこまで知らなかったようだ。

 残念ながら、親分のセンティル氏はモーリシャスに出かけていて不在だそうだ。
 今日は弟のブーパティ氏が観てくれるという。
 ナディは幾つものカンダム(章)に別れていて、それぞれのカンダムに、家庭とか、結婚、健康、財産、仕事、寿命、前世、カルマ解消などのことが書かれている。
 第一から第十六カンダムまで読んでくれるのだそうだ。
 その先の、第十七カンダムあたりだったかな、精神や霊性の道について書かれているようだ。
 そこが知りたい部分なんだからヨロシク! と彼女によく頼んでおく。

 やがて二階からお呼びがかかる。
 階上がナディハウスになっているようだ。 


特定作業

 二階に上がると、部屋がひとつあり、中に二つほどのブースが仕切られている。
 そのうちのひとつに招じ入れられる。
 真ん中に小さなテーブルがあり、正面にひとり、横にひとり、白いインド服を着た男たちが座る。
 正面の男は二十代後半の青年、横の男はたぶん三十代のややむくつけき男。
 このむくつけき方が弟のブーパティ氏であるらしい。
 まず三人で合掌してセッションが始まる。

 正面の青年が、一束のナディをテーブルの上に置く。
 これが二千年前のものです、とブーパティ氏が言う。
 椰子の葉っぱというから、ウチワみたいな粗々しいものを想像していたのだが、ぜんぜん違う。
 竹簡のような整った形で、幅3センチ長さ20センチほどの大きさだ。
 その一端に穴が開けられ、糸を通して束になっている。
 一枚一枚の上には、古代タミル語であろう未知の文字が刻まれている。
 この束は拇の指紋に応じて選び出されたもので、約百枚、百人分ほどの分量だそうだ。
 それを一枚一枚チェックして、葉っぱを特定するわけである。

 その特定作業が始まる。
 正面の青年が葉っぱに目を落とし、歌うような調子でそれを読み上げる。
 きっとこれが古代タミル語なのであろう。
 それをブーパティ氏が英語に訳す。
 その内容について、私がイエスかノーかで答えるのだ。
 その内容というのは、両親のこと、兄弟姉妹のこと、配偶者のこと、子供のこと、仕事のことなど。
 そのうちひとつでも違うと、そのナディは該当しないということで、次の葉っぱに移る。

 ドラマティックなケースだと、親や兄弟、配偶者の名前などがズバリと出て、それは感動モノらしい。
 私も密かにそれを期待していたわけだ。
 ところが、いざ始まってみると、たとえば両親の名前にしても、ぜんぜんズバリと来ない。
 こんな調子である…あなたの父親の名前の最初の音は、コか、ゴか、ソか、ゾか、モか、ホか、ボか、ポか…
 という具合で、そのたびに首を横に振らねばならない。
 なぜなら父親の名前の最初の音は「カ」だからだ。
 やっと「カ」の音が出てくると、今度は二番目の音について、同じことが繰り返される。
 その間に何枚もの葉っぱが繰られる。
 あまりに名前が出てこないので、こっちから「カズオだ」と言う始末。
 それをブーパティ氏はメモし、今度は母親の名前にかかる。
 これもなかなか出て来ない。
 妹や配偶者の名前にしても似たり寄ったりだ。
 つまり、私のリーディングは、ぜんぜんドラマティックではなかったのである。

 七十枚ほどめくった頃であったか、青年の読み上げる文句を聞いて、ブーパティ氏がコレだと言う。
 つまり、今までのやりとりで明らかになった家族および仕事のあれこれに、そのナディの内容が符合しているというのだ。
 その頃までには、私も密かな期待を裏切られ、すっかり興醒めしていた。
 しかしプロのリーダーがコレだと言うのだから、それには従うほかない。
 そしてブーパティ氏は、ナディが見つかったから6千ルピー払えと言う。
 6千ルピーといったら、インドでは途方もない額である。
 昨日の電話と随分違うな…と思いながら、ま、仕方ないと渋々サイフをひっくりかえす私であった。
 (HPには5千ルピーとなっている。おそらく値上がりしたのか、それとも十六カンダム以上リクエストしたからか…)

 私の興醒めは、この特定作業がドラマティックでなかったせいもあるが、もうひとつにはこのブーパティ氏のせいもあろう。
 彼は実際、その辺のインドの兄ちゃんという感じで、職業上必要であろう神秘性らしきものをほとんど帯びていない。
 特定作業中も、貧乏ゆすりをしたり、なんとなく面倒くさげな印象を与えたりで、ちょっとプロとしてはお粗末であった。
 占い師は医者と同じで、クライアントからの信頼が不可欠である。
 信頼さえ勝ち取れば、不治の病も、不運な未来も、えてして好転するものである。
 (そんなこともあろうかと、私は一月前に親分を指名したのであった)

 さて、その日のリーディングはこれでおしまいだという。
 それから先を読むには一日かかるということ。
 そしてそれをまずヒンディー語に訳してテープに録音し、それを更に人に託して英語に訳してテープ録音して、私に手渡してくれるのだそうだ。
 それには二、三日かかるのだそうだ。
 再度ここまで来るのも大変なので、ホテルに届けてもらうことにする。
 五日後の木曜にはチェックアウトするので、それまでに届けてほしい、と受付に念を押し、ナディハウスを後にするのであった。


デリバリー

 ナディハウスを訪れたのが土曜日。
 ちょっと期待外れのセッションだったので、ほんとにテープが届くのかどうかもなんとなく半信半疑。
 果たして四日目の水曜を過ぎても音沙汰なし。
 翌木曜日、すなわち出立の朝に電話を入れてみると、出来上がってきたからもうじき届けるとの返事。
 私たちの飛行機は夜の9時に離陸で、ホテルは午後の3時にチェックアウトだ。
 行き違いになっても困るので、ニルーの家に届けてもらうよう頼む。
 ニルーというのは私たちのビジネスパートナーで、染織デザイナーだ。
 ホテルのチェックアウト後、いつも彼女の家で午後のひとときを過ごすのである。

 帰りはJALを使ったが、その日は珍しく到着便が4時間も遅れ、デリー発が夜中の1時に変更される。
 それでチェックアウト後、ゆっくりお茶やショッピングを楽しみ、ニルー家に着いたのは7時近くであった。
 当然テープも到着しているだろうと思いきや、まだだという。
 やっぱりねー。
 インドでは何事もそうすんなりとは行かないのである。
 ましてや、電話で住所と電話番号を指示しただけだし…。

 夕食のテーブルを囲みながら、「私もナディのリーディング受けたことあるよ」とニルー。
 そういえば彼女の義妹がそんなことを言っていた。
 なんでも何年か前、姪っ子と二人で行ったのだそうだ。
 ニルーはけっこう信心深い質で、毎朝勤行の時間を設けてシヴァに祈りを捧げている。
 ニルーの行ったナディハウスもデリー市内にあったようだが、私のときとは所在地が違っているようだ。
 ただ、やはりテープで受け取ったようだから、もしかしたら同じ館かもしれない。
 値段も半額くらいであったが、おそらくそれは英訳が不必要だったことと、インフレのせいであろう。

 ところがニルー、なんとなく不満気な様子。
 未来なんか知っていったい何の意味があるの、と私に向かって息巻く。
 息巻かれたって困るのだが、だったらそもそも、なんで手間ヒマかけてリーディングなんか出かけたのか。
 おおかた変なことを言われたのだろう。
 そんな様子だったから、いったい彼女がリーディングで何を言われたのかは聞けなかった。
 今度その姪っ子に会ったら聞いてみよう。

 9時近くであったか、ニルー家に来客があった。
 若いインド人の男女二人であった。
 例のNGOの職員で、テープを届けに来たという。
 「ざっと聞いてみたのですが、なかなか良かったですよ」と男の方が言う。
 それで私もなんとなく安心する。
 手渡された大きな封筒の中には、カセットテープが三本と、薄いノートが一冊入っていた。

 本来なら空港で搭乗している時間である。
 それも滅多に遅れないJALだ。
 まさか私にテープを届けるため神通力で飛行機を遅らせた、というわけでもあるまい。
 ともあれ、最後にはどうにかなってしまうのも、このインドという国の特長である。


テープを聴く

 日本に帰着して、さっそくテープを聴いてみる。
 三本のテープのうち、二本はタミル語とヒンディー語によるものだ。
 二人の人物の声が入っているが、おそらく特定作業に登場した青年がタミル語で文章を読み上げ、続いてブーパティ氏がヒンディー語で翻訳しているのであろう。
 特定作業時とはうってかわって、ブーパティ氏も非常に力強い調子で語っている。
 おそらく彼はあまり英語が得意ではなく、それで特定作業時には落ち着きがなかったのかもしれない。
 私はタミル語をまったく知らず、ヒンディー語もほとんどわからないのだが、固有名詞とか、簡単なヒンディー単語、英単語はピックアップできる。
 ひとつ気づいたのは、父親の名前だが、タミル語では「カジオ」と発音していたのに、ヒンディー語訳では「カジゴ」となっていた。さらにもう一本の英語テープでは「カジノ」となっている。
 オリジナルのタミル語がいちばん正確だったわけだ。

 さて英訳のテープ。
 これはまったく別のインド青年が、なんだか頼りない調子で語っている。
 おそらくこの世界はシロウトなのであろう。肝腎なキーワードをちゃんと発音できていない。
 しかしタミル語やヒンディー語のわからない私としては、これに頼らざるを得ないのである。
 インド人の英語で、ゆっくりしゃべるから、わりあい聞きやすい。
 ただ、どうしても聞き取れない部分があるから、できたらテープ録音ではなくて、紙にプリントアウトしてもらいたいものだ。
 いつかインド人の友人に、インド語の部分を聞いてもらおうと思う。

 様々なことが35分間にわたって語られる。
 たとえば、私の前世の話があった。
 ラビンドラという名の男で、北インドのカシミールに生きていた。
 Knowledgeとintelligenceに恵まれ、また信仰心も厚く、よく寺院に通っていた。
 ところが悪事を働いてしまった。
 すなわち、わりあい恵まれた環境にあったにもかかわらず、寺院に座りながらmagical powerを使って富と女を手に入れようとした。
 そうした前世の悪行によって、今生に様々な災いが及ぶのである。
 その御祓いの仕方も出てくる。
 Om Nama Shivayaと唱え、自分や家族の名前を入れた銅板を持って南インドのワイティスワランコイルにあるシヴァの寺院に48日間にわたってお詣りせよとのこと。
 そうすると様々な難逃れができ、霊性も向上し、また商売も繁盛するんだそうだ。

 いいかもねー。
 シヴァの寺院って、たぶんこれであろう。
 信心深い私の心をそそる、キレイそうなお寺である。
 ワイティスワランコイルには権威あるナディハウスがあるらしいし、のんびりした南インドの村みたいだし、しばらく滞在して寺参りに励むのもいいか。
 ちょっとネットをあたると;
  Hotel Shadhabishegam offers very clean and large rooms with marble bathrooms in spacious gardens. The restaurant is excellent but vegetarian only.
 とか、
 Hotel Vaithiswarankoil has spacious air-con rooms for Rs 400. The staff is very friendly and the vegetarian restaurant offers tasteful meals.
 とかいう情報もある。
 エアコン付きの広い部屋が一泊千円で、親切で、ウマいベジタリアンのインド料理が食えるってのは、悪くないと思う。

 なんか私は今生においては、ずっと商売人であるようだ。
 で、けっこう成功して名声も得るようである。
 また老人ホームや寺院を建てるなどの社会事業もするらしい。
 予言はほとんど1〜2年刻みの詳細なものだ。
 大概においてシヴァやパールヴァティの加護を得て、順調に推移する。
 八十の上まで生き、モクシャに達し、今生が最後なのだという。

 というわけで、なかなか良いのだ。
 良いものは信じるが勝ちである。
 そういえば今年の春、修善寺でのリトリートを終えてインドに戻るアジズを東京まで送っていった。
 その道中、車の中でアジズがパソコンを取り出して焼いてくれたCDが、まさしくこれであった。
 Om Nama Shivaya

 


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